吐いた息が白い。
 外気に溶け込んでいく様子を何となしに眺めていると、露店を冷やかしていたレイが振り向きざまに提案してきた。
 「折角だし、広場にでも行く?」
 「広場?」
 「ああ。噴水あっただろ? あそこであるイベントがさ、きれいで良いんだよな」
 「って言われても…」
 数えるほど、それも任務の警らでしか訪れたことのない八番街のイベント時の様子なんて知っているわけがなかった。兵士の端くれとして地理を頭の中に叩き込ませているといっても、元々のミッドガル住民とは基礎情報が違う。そもそもミッドガルに来て半年も経っていない仕事詰めだった自分にそれを言われても黙るしかなかった。
 憮然とした表情を隠しもせずにレイを見つめようとしたクラウドを予想したのか、レイはバレンタイン、と作った甘ったるさで言った。
 「なんでも商売は乗ったもの勝ちってこと。多分なんか色々あると思うし、俺たちも祝おう。一応おめでたいのは一緒な訳だし!」
 「一緒って…なんていうか、物悲しくないかそれ」

 恋人たちのイベントを昇進試験の打ち上げと一緒にするのはどうなのか。
 未だにそういう直接的な恋愛感情が芽生えていないクラウドでも、その台詞には苦笑するも、いつもの掛け合いで記憶の彼方にすっ飛ばしていた今日の喜ばしい原因を思い出す。
 呆けているうちにレイはもう広場へと足を向けていて、もう彼の中で目的地は決まったらしい。クラウドは数歩進んでいたその背中に追いつき、肩を並べたところで無邪気に笑われた。
 「楽しんだもの勝ち、って言うだろ?」
 誘うように突き出された拳に、クラウドは無言で合わせた。



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 「なんとかとりあえず、着いたわけだけど…」
 人が、ごちゃごちゃしている。
 なんの拍子にか資料室で偶然見つけた古い映像ライブラリ風に言えば、人がごみのようだ!か。その発見者でもあり自称クラスのスポークスマンだったクラスメイトなら絶対そう叫ぶはずだ。

 八番街は歓楽街である。
 基本的にここを訪れる人間は高級志向で、表大通りには高級店など、敷居・格式の高い煌びやかな店や劇場などが軒を連ねている。今まで散策していた通りのように、価格表示の高い店だけではないものも揃っていることが、色々な層の人間が訪れやすい街の形成をしているのだろう。ミッドガル最大の歓楽街の名を欲しいままにしているだけはあるという事だ。
 けれどもこういう時にはそのような日常とはあまり関係ない、とレイは呟きこのお祭り騒ぎの人波を慣れた様子で掻い潜っていく。噴水周辺は特に人気のようで、自然とそこを中心に人の流れができていた。
 ひょいひょいと見慣れた後姿が進んでいくが、クラウドには逆流しないように素早く人との間をすり抜けることしかできなかった。まるで進めないあまりに、シミュレートの銃撃や斬撃を避ける方がまだましに思えてくるから、末期だ。
 何度も人にぶつかり、すいませんと謝り続ける。大半の人はじろりとにらんで、自分たちの世界に入り込み、邪魔してくれるなと態度が物語っていた。

 クラウドのように慣れない様子でふらふらとしている人もいることにはいるし、見るからに場違いな人間もいた。視界に入ったその不機嫌な人は見た目、自分の意思で訪れているものではないらしい。むしろ人ごみを憎んでいるような鋭い目付きをしていた。
 こんな混雑ならばクラウドも憎みたいと、勝手に表情から解釈し、勝手に同意する。邪魔をしたい訳ではないのに一々あんな目で見られれば、反攻心の一つも湧き立つというものだ。
 しかしこの人の多さではそんな些細な反攻心なんてすぐ萎縮する。そんな元気もないほどに、もうそろそろ自分がごみになりそうだとひしひしと感じているからだ。

 「…なあ! もう充分なんだけど!」
 耐えかねてクラウドは声を荒げた。分かり切っている結末なんぞ回避したいに決まっている。ごみにはなりたくない。
 「え、もう? まだ五分も経ってないって!」
 「言ったと思うけど、オレは人ごみが嫌いだ」
 「あー…」
 「乗り物酔いも嫌いだ。酔いたくない。これ以上居たら絶っ対吐く」
 レイも来ることまでは良かったが、予想以上の込みようだったらしい。渋る言葉を吐いたのも最初だけで、力説すればすぐに代価案をだしてきた。
 「んー…まだスラムならここまでひどく無いだろうし、元々が悪いって言っても、ここよりは空気の循環もなってるから気分も良くなると思うけど……どう?」
 「寮に戻ってみんなと騒ぐのじゃダメなのか? 十分満足したよ」
 「いやクラウドさ、スラムに行ったことないって言ってだろ……なあ?」

 胡乱な眼を向けるも、そこは綺麗にスルーされた。疑問形を口に出しているのに、形骸のみとなって聞こえてくるのだから、これは無視されていると受け取ってもいいはずだ。
 既に気持ちは寮に向かっているし、正直帰りたい。だがこの流れはさあ帰りましょう、と動きそうにもなかった。
 なにせレイは乗り気だ。クエスチョンマークを付けてはいても、聞いちゃいない。
 「もうさ、そこらへんのダイナーでいいよ。そんな張り切らないくても、S候補生になったことがゴールってわけじゃないし、むしろスタートだし」
 「ダイナーだったら尚更スラムに行こう! 八番街なんてお高いのに内容量少なくてうんざりしちゃう保障する! しかもここらの店は大体コードがあるんだぞ? 今の格好なんて問答無用ではいアウト、さようならーってなる。スタートぐらい騒いでもいい! って誰かが言ってた」

 コードってなんだと問う前に、何故そこまでスラムを推すのかという疑問が浮上ばかりしてクラウドの脳を支配した。それともスラムになにか特別な思い入れがあるとでもいうのか。そして誰に何を教わったのだろう。
 食い下がるレイにクラウドは溜息を吐いた。意見が議場に上る前から却下された恨みはないとは言えない。言えないが、それを押すほどきちんとした主体性はなかった。それにとにかく熱意は伝わった。

 「OK、分かった。スラムに行ってダイナーに入って気持ち悪くなるぐらい食べよう」
 「よっし、いい店知ってるから前からクラウドと一緒に食いたかったんだ。お互いこれから忙しくなるだろうし、機会を逃すかって思って……流石にしつこかったよな?」

 言いつつしゅん、と鍛えられた身を縮こませて、窺ってくる。いつにないはしゃぎっぷりと強引さを見ていたからこそ、その付け加えられた本音が真実味を帯びているような気がした。いつも頼れる年長組(とはいえ、クラスの中でも良くつるむ数人の中での話だ)のお兄さんポジションのレイがここまで言っているのを無下になんて出来なかった。
 「大丈夫、レイの浮かれ具合をみてたらそんなこと気にしていられない」
 「そんなこと言いつつクラウドもテンション上がってるくせに…」

 「当たり前」
 S候補生になれたのだ。浮かれない方がどうかしてる。
 一般兵よりはソルジャーへの道が近くなったこの立場は、その存在を知った時からの目標だった。
 ソルジャーと行動を共にするということは、その分危険とも隣り合わせになることは想像がつく。付き従うことで己にとっての死地に向かう場面も多々出てくるだろう。
 しかし危険なのは軍属していればどのような立場でも一緒だ。
 リスクはある。分かっている危険に身を突っ込むことなど愚行そのもの。無知で愚行をおかすなら、それならばより一歩進んだ場所で、自分が生き残れる人間になればいい。一つ一つ、愚行を正せばいい。
 そのための、S候補生。
 危険を代償に第一線で学べることのできる、ソルジャーになるための手段。
 そこまでしてでも、

 「次はソルジャー、だからな」
 ソルジャーになりたいのだから、仕方がない。



 「……本っ当に時々男前だなー。将来が楽しみだっていうのはこういうこと?」
 「…………茶化すな」
 「茶化さないと真っ赤になって恥ずかしくなっちゃうくせに」
 言われなくても若干赤くなってきている頬をつつかれて、追撃してくる手を払う。真面目な雰囲気は一瞬にして霧散した。

 「ほらスラム行くんだろ?! さっさと案内しろよ!!」
 「照れ隠し? 青いな…」
 「違う!」
 「じゃあツンデレ? そんなのまで極めるつもりか?」
 「そんなんじゃない!」
 「はいはい、道知らないのに突き進まない」
 「こんなときだけ年上面すんなよ!」
 「はいはい」
 振り切る勢いで、もはや競歩のように地を蹴りつづけるも、レイはどこ吹く風で軌道修正を指示してくる。その余裕たっぷりな態度が今クラウドを満たしている羞恥心を刺激する。
 ついさっき見せていたレイの、しょげた犬みたいな表情がにやにやに変わっていて苛々する。駄々っ子から年上の余裕を見せるなんて卑怯だ。
 そういう態度がその表情を助長すると分かっていても、クラウドは足を緩めなかった。笑いを含んだ注意を聞いてより一層加速する。
 「こーら、そんな周りも見ないで歩くなって、ぶつかる…ぞ!」

 「ぶ、っ」
 「言わんこっちゃない…」
 今度は呆れかえった声が後方からくぐもって聞こえた。
 ある意味定説通りな展開に固まり、見知らぬ誰かと熱い抱擁を交わし続けてしまっていたクラウドはすぐさまその見知らぬ誰かの腕の中から抜け出そうとした。

 「すみませ…っ」
 謝罪を口に距離を取ろうとすれば、相手の体つきが自然と目に入ってくる。
 誠に腹立たしいことだが(これまた腹立たしいことに今は幸いした。腹立たしい)小柄なクラウドがぶつかってもビクともしなかった壁は、とても大柄のものだった。
 それに丁度顔の位置にあった胸板も大変逞しく、ただの人間ではないかもしれない。飾り立て造られた筋肉の付き方ではないと推測できる。受け止められた腕も隆々とし、硬かった。
 そうすれば軍人、と推測するのが容易いものだ。もしくは傭兵か。どのみち一般職についている人間ではないことは確かだった。

 ―――面倒ごとを発生させてしまったかもしれない。
 その人相を確かめるべく、恐る恐る上げた顔は中途半端な角度でとまった。

 「クラウド!」

 「え…」
 「クラウド・ストライフ! そうだろ?!」
 ぎゅう、とハプニング以上の力強さで、観察していた凹凸のはっきりした腕に逆戻り、抱きしめられる。男らしい野性味のある香水がふわりと鼻腔をくすぐった。良い匂いだ。顔を見たわけじゃないけど似合っていると思う。……じゃない!

 「……知り合いか?」
 レイが微妙に距離をあけて伺ってくる。
 あいにくだがクラウドにこんな体格の良い知り合いなど、教官以外いない。圧迫地獄に耐えつつ顔を漸く上げた。

 野性味溢れる格好の良い顔立ちとでもいうのか、眉は適度な太さでしゅっと伸び、若干釣り目の瞳は煌めいて青すぎるほどだった。後ろに縛ってあるのか、黒々とした髪は落ちていない。そのため男の嬉々とした表情がすぐ分かった。
 分かったけれども、
 「あんた…誰だよ!」

 こんな人間、残念ながら記憶にない。というか早く腕を解いて欲しい!
 渾身の力で叫んだクラウドに、今度は驚愕に目を見開いた男は、あれ? と呟き、レイは状況に追いついていけないながらも漸く突っ込んだ。

 「あのー…クラウド、落ちそうなんですけど」

 男が放った、あ、という一音が妙に癇に障った。





 がやがやと煩い店内。八番街で体験した印象とはまた違った煩さだった。
 しかしそれも当たり前、ここはスラムである。
 軽い混乱のうちに連れられ、密かに楽しみにしていたスラムの様子の観察もままならないまま、気付けばレイの目当てだったダイナーの出入り口前だった。

 肉のこげる匂い。雑談し、咀嚼する音。快活なウエイターの声。カラカラと、客の出入りを知らせるベル。早技としか考えられないその行動力に今更危機感というものを思い出したが、それこそ今更というものだ。
 隣はレイで、向かいに男。そして早さが売りなのか知らないが、すでにクラウドの手元にはオレンジジュース、ハンバーグ目玉つきが鎮座している。横にはシーザーサラダもあった。
 義務のようにフォークを握ってはいるが、肉に手を伸ばす気にはなれない。残念ながら一刻前のダメージがまだ残っているからだ。更にスラムと上層を繋ぐ乗り心地の悪い列車でもダメージ加算されたと付け加えておこう。
 仕方なくクラウドは野菜にそれを突き刺し、ステーキを頬張っている男―――道中ザックス、とファーストネームだけを名乗った―――に話しかけた。
 「おれの知り合い…らしいザックス、さん?」
 「ふぉ?」
 間抜けな声に目を細めるも、クラウドは努めて気にせず続ける。冷静に、と言い聞かせながら。
 レイはバーガーに噛り付き、目線だけをこちらにむけた。
 「さっきも言ったとおり、おれにザックスさんの記憶がないんですが」
 「んっ、いや会ってるって。思い出さないの? 結構びっくりしちゃうような事だったんだけど」
 「本当におれだったんですかそれ」
 訝しげに呟いたクラウドに、もごもごと一先ず咀嚼を終えたレイはでも、とクラウドをなだめた。若干苛ついている様子が分かったのだろう。
 「ザックスさんはクラウドの名前知ってたよな、普通、全くの初対面だったとしたらおかしくないか?」
 「普通って、道ばたで人のフルネーム大声で叫ぶこと?」
 言葉を借りて小声でレイに返す。
 「あれはちょっと感動してこう、つい…な!」
 八つあたりも含んでの、クラウドにできる精一杯の嫌味はさらりと流されてしまった。ごっめんて! と明るく笑われると怒気も消えうせるというものだ。
 改めて肉に取り掛かろうとした時、ザックスは思い出したかのように呟いた。

 「あーでもちゃんとした記憶無かったかもなー……何回か会いに行ったけどいっつも寝てたし」
 がちり、とナイフが皿を鳴らした。
 「………」
 「それって初対面って言うんじゃ…?」
 レイが乾いた笑いで突っ込む。そっとクラウドの肩に回された手がぽんぽんと優しく叩いてくれたのが、無性にむなしかった。訳すれば、おちつけ、ドンマイ。が適当か。
 「いや、うーん…会ってる事は確かなんだけど、これは今口止めされてっし……言えるのは、バス?」
 「バスって、だいぶ大まかなことですね」
 「いやいや分かるって本人なら。クラウドくんバスで酷い目にあったっしょ? 俺はそれを助けにきた奴の部下ってとこ」
 分かる? と聞いてくる男に酷く驚いた。
 その出来事はそのことに関わりがあった者だけしか知り得ないことだ。―――あの謎の科学者に何かを投薬されたあの事実は、神羅のどこの部門の一部にも漏えいされていないと聞いている。
 と、するとこのザックスという男は、助けにきた奴、イコールセフィロスと一緒に行動していた………

 「ソル、ジャー?」

 「ぴんぽーん」
 ザックスは茶化した正解を示した。
 「ソ、ソルジャーと知り合いだったのかクラウド?!」
 「あー…でも確かに言われてみれば、覚えがあるような……ないような」
 「だろー? ま、俺も正気だったときに会ってない気がしたんだけど、一応毛布とかかけた仲だしな」
 それはどんな経緯で至ったどんな仲だ。
 その姿に見覚えがあるかといえば、どうなんだろう、というとても心もとない記憶しか掘り起こせない。そうだと認識すればすぐに分かる魔晄の瞳も、うっすらとしか記憶から出てこない。

 もはやクラウドにとって、魔晄の瞳で思い浮かぶのがセフィロスの不思議な翠色、という図式になっているからかもしれない。
 セフィロスが何故か数回、病室に訪問してきてくれたという不思議体験から、世間一般的な魔晄の入り混じったブルーアイズより、本人の行動よりも不可思議なグリーンが頭から離れてくれないのだ。更にあの出来事を思い出せば必ず最後にはあの瞳が出てきてしまう始末。

 そして無性にあの瞳に晒されたい、と思ってしまうという後遺症が残った。
 未だになにを飲まされたのかも知らない薬のそれはないというのに、そうと判断してもおかしくないぐらいその衝撃といったら、ない。
 なにを思っているんだ、と自分の気持ちを嘲るも、そんな風に思ってしまうのが自分の中の感情なのにとても理解できなくて、どうしようもない気持ちになる。後遺症の主なものはそれだ。
 クラウドはすでに自分のものになってしまったもやもやとしたものを感じながら、オレンジジュースを一唸りした。
 一先ずはそれで流したい。いつも胸がわだかまるのは正直疲れるのだ。答えが出ないことを考えるのは建設的ではない。今はあの瞳に付随することではなく、現状に目を向けなくてはいけないから、尚更だ。

 クラウドがぼうっと現実逃避をしていた間、ザックスの正体が分かったところで二人は遅すぎる自己紹介をしていたらしい。本人の希望か知らないが、若干砕けた口調でレイがザックスに尋ねていた。
 「じゃあ今は休暇中ってことですか?」
 「いんや、絶賛任務ちゅーって、ふたりともなんだよその顔」

 思わず無言で見合わせたレイの顔は無表情だった。
 クラウドもクラウドで今自分に表情が出ていないのが分かった。

 「………任務中?」
 「そうなんだよ、ぶつかって来てくれたのもすげーいいタイミングで、もしあれなかったらターゲットにばれてたかもでさー、マジ助かった。ありがとな!」
 寄りにも寄って、この男は今、任務中とか言った。いや、言いやがった。
 もしかしたら聞き間違い、と親切心で聞き直した言葉をあっさりと蹴ったのだ。そして密かに間一髪だったらしい。
 しかし無関係な候補生捕まえてソルジャーがなにをしているのだろう。
 若干磨り減っていたソルジャー像(クラウドの中でセフィロスは別枠としていたので、ザックスが全てになってしまっている。どうかもっとまともなソルジャーがいて欲しいと願うばかりだ)に少し亀裂が入ったのをクラウドは確かに感じた。
 レイの無表情は混乱しきったものにすぐ変化し、矢継ぎ早に口を開いていた。
 「いや、ちょ、え? なにしてんですか?!」
 「なにってメシ食ってるけど」
 「あー! 違う、違います。そうじゃなくてっクラウド!」
 いつもの余裕がどこにも見られないレイに落ち着け、とミネラルウォーターの入ったコップを差し出す。クラウド自身落ち着いているわけではないけれども、一応聞いておかないといけない事実に気付いてしまったのだ。

 「あの、それって本当の任務ですか。任務中の兵士が、一応おれたち一般人を巻き込むなんて考えられないんですけど…」
 レイの喉が鳴った。
 ザックスは目を丸くして驚いているようだった。

 もし。
 もしも、これがS候補生の試験なのだと考えたら、任務中という言葉にも信憑性が付くし、このソルジャーが任務放棄というどうしようもないことをしていない理由にもなる。おれたち二人の試験なら、と考えるならば、だ。
 簡単に終わりすぎた試験への少しの疑問が凝り固まった結論で、今しがた思い立った出任せにしては、なかなか信憑性のある推理ではなかろうか。
 突然現れたソルジャー。いきなり知らされた事件。さてそれにどう対応するか。試験でみた戦闘能力だけではなく、とっさの事に反応できるかどうか。
 つまり、S候補生としてイコール、ソルジャーとして能力の兆しがあるのか。―――そのための試験ではないのだろうかと思いついたのだ。
 まっすぐに魔晄の瞳を見つめる。

 しかしザックスは、似合わない苦笑をした。
 「本当ならまたぴんぽーん! って言ってあげたいんだけど…」
 「え、じゃあ本当に任務放棄してるんですかザックスさん」
 「いやいやいや。違うって。本当に任務しなくちゃいけなくなったから大変なんじゃないの」
 「ってことは…」
 「そう実は試験でしたー! でもはしゃいでる場合でもいられなくなったっつーか、もう巻き込んじゃうから言う!」
 いつの間にか皿の中身を綺麗に片付けていたザックスは、皿を横にどけながら悪戯に笑った。



 「つまり、こんな時期のはた迷惑なテロ犯が現れた、と。そういうことですか」
 はたしてそれはソルジャーが動くほど凶悪かつ厄介なものなのか。
 ザックスもそう思っていたのか、治安維持の、警備兵で最初はどうにかなってたらしいんだけどな、と苦い顔で続けた。
 「最初はイベントで配られた風船を持っていた子どもの風船が割れて異臭騒ぎ、ぐらいが段々エスカレートしていってーこの間のクリスマスなんか七番街の協会のステンドグラスがいきなり割れて十数人が怪我とかありえねえぐらい迷惑なやつらしいんだよ。今度のバレンタインなんて格好の餌食だろ? っていことでおれらの出番っつーわけですよ」
 「よっぽどイベントが嫌いなんですかね、そいつ」
 レイが呆れつつもその危険性に眉を顰めた。
 「寂しい人間ってことだな、うん」
 うんうんと頷き、幸せな人らへの妬みだろうとザックスが推測した。多分、実際の犯行理由もそう遠いものではないのだろう。だが現時点で出現する条件も分かっていて、ある程度その行動も予測できるならば、予め出現しそうな場所に張り込み捕まえる、というパターンでは駄目なのだろうか。
 「確かになにか仕出かす可能性はあると思うんですけど、さっきターゲットに見つかるとか言ってましたよね。先に捕まえておけばいいんじゃないですか?」
 「それがそうも簡単に済む話じゃないから困ってんじゃないの。最初こそはそれでいいだろって流れだったんだけどな、目星がたっている人間に問題っつうか…とにかく現行犯にしないとダメっていうお達しがきてさあ大変」
 「それはまた……」
 「だろ? だから結構近づいたんだけど、現行犯には出来そうにも無かったから一旦退却しつつ二人を保護しましたっていう流れね」
 「当たり前だけど警戒心が強いんですね…手口が一個ではないエスカレートタイプらしいから、犯行場所の特定も難しい……」
 「ザッツライト! 警備兵にそこらへんの判断もさせるなんて無責任すぎんだろ? 手口は巧妙で小賢しくなってきてやがる。んで、極めつけが現行犯で捕獲しろーなんて無理あるでしょ」
 肩を竦めて投げやりにザックスは笑った。

 「狙いは本当にイベントなんでしょうか」
 また一つの仮定が思い浮かび口にするも、そこは抜かりないのかニヤリとザックスは口角を上げた。
 「その線は我らが上司サマが考えてくれてるので俺らは肉体労働で貢献シテイマス」
 1stに肉体労働をさせる上司といえば、英雄その人に違いない。クラウドは間接的にその動向を知って、何故かその情景が目に浮かんだ。
 「まあそいつ、姿見られたらイベントの邪魔するのやめるみたいだから、とりあえずは大丈夫じゃないかなーとは思ってんだけど…勝手に」
 「確証はない、ってことですね」
 「そういうこと。そんな訳で俺に送られてくんない?」
 ぱん、と手を合わせて眉を困ったように寄せられる。
 「断るなんて。むしろお願いしたいくらいです」
 「よろしくお願いします」
 「マジで?! 良かったー! 実はキョヒられたら俺なに言われるかってすげー怖かったんだよ」

 それは勿論上司に、なのだろうか。
 犯人と接近したと話した時より鬼気迫るものをありありと感じて、クラウドは苦笑した。



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